櫻澤さん

公園で強い酎ハイを飲んでいる。

きちがいの青年がボカロを歌いながら通り過ぎた。

 

盆前に今の代々木のオフィスに移ってから、毎朝ピアゴというスーパーで朝ごはんとコーヒーを買う。

朝ごはんは惣菜パン。だったが、今は健康のためにバナナを買っている。

 

朝の時間、レジは決まって「櫻澤さん」というおばあさん。

ていうか、おばあさんの基準って変わってきてません?大人になったからなのか、2018年現在だと70歳?超えたくらいからステレオタイプのおばあさんに見えるからなのか。どっちかな?

 

どちらにせよ、70歳くらいの女性「櫻澤さん」が僕の会計をしてくれている。名札に書いてあった。

毎回棚卸しの手を止めさせてしまい申し訳なく思いながらも、「あ、すみませーん」と呼ぶ。超スローで来てくれる。

 

僕は基本的にカードで支払いをするのだが、9月頃から櫻澤さんは

 

「はい、カードですね」

 

と言ってくれるようになった。

 

それ以上の会話は特にない。僕もそれ以上を望んではいないし、「ありがとございまーす」くらいのやり取りしかしない。

だけど東京に来て行きつけの店なんかほとんどない僕にとっては、その一言で始まる一日のルーティンが心強かったりした。

 

 

バナナを摂取し始めた11月の初め。ある事件が起こる。

 

その日僕の前に女性が会計をしていて、僕は後ろでSpotifyをいじっていると、女性と櫻澤さんが楽しそうに会話を始めたのだ。

 

「昨日、〇〇買ったじゃないですか〜!?家で料理したら・・・」

 

僕は酷い衝撃を受けた。

気付いた時には左手に持っていたバナナ2本を握り潰し、眼下に広がった涎と果汁の水溜まりの上で僕は震えていた。

 

その時の感情に名前を付けるなら、『嫉妬』だった。

(今のRADWIMPSっぽくないですか?)

 

櫻澤さんが、軽快なコミュニケーションを取っている。僕以外の人間と。

 

その日は仕事が手に付かず、気付いたら23時50分になっていて早歩きで帰った。

 

 

それからも櫻澤さんは今まで通り

 

「はい、(楽天)カードですね」

 

と言って、体温を帯びたおにんぎょさんのように、僕のバナナをピッてした。

 

 

昨日。

レジに並ぶと、ヤンママが櫻澤さんの会計処理を受けていた。

 

 

「ここにATMがあると、冷たい風が来ないからいいですね〜!」

 

と、ヤンママは櫻澤さんに問いかけた。

 

嘘だろ。

櫻澤さんは俺だけのレジスター。

そんな軽快に話しかけてんじゃねぇ、と思ったその時

 

「それあっても寒いけどね〜」

 

櫻澤さんは笑いながら店内が寒いことを愚痴った。

 

おいち。

楽しげに会話してんなち。

俺にも向けたことない笑顔をヤンママに奉んなち。

 

俺は怒りに震え、左手のバナナを握り潰し、やっぱり握り潰さずに、我慢した。

 

ヤンママは会計を済ませると店を後にした。

僕のレジ。

僕の櫻澤さん。

僕だけの櫻澤さん。

丁寧にバナナとBOSSのペットボトルのコーヒーをレジに置く。

すると櫻澤さんはピッてしながら空虚に発声した。

 

「今日は寒いね〜」

 

昇天。

僕の悦びを含んだ嬉し涙で、ピアゴは瞬く間に品川水族館みたいになった。

 

僕と櫻澤さんは泳ぐ。

二人で泳ぐ。

僕の傍を、切り身、トッポ、もう切ってあるほうれん草の冷凍したやつが通り過ぎる。

 

「レシートはいりますか?」

 

水中で櫻澤さんは問う。

 

「あ、いいです」

 

水中で僕は答える。

 

よくよく考えたらヤンママと会話が弾んでちょっとテンション高くなったけん俺に話しかけてくれたんじゃ?と思った刹那、大量の水は自動ドアから通潤橋の放水のように一気に流れていった。

 

僕は会計を済ませると、会社に行って仕事して帰って寝た。

 

 

 

明日ゲームオブスローンズ観ようかなぁー。

 

 

公園で強い酎ハイを飲んでいる。