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逃げ恥がおもしろい

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」がべらぼうにおもしろい。

さっきTVerを利用して第4話を視聴したんですが、終わり際の畳みかけで、無意識に普段使わない表情筋が稼働したことで、脳が軽く混乱し、よく分からない涙が出ました。

 

なんでこんなにおもしろいのか考えたから発表します。

 

①ガッキーが可愛いから

9割方これです。

ガッキーも可愛いんですが、森山みくりのキャラクターもまた素晴らしく、こちらは後述します。

 

②下品じゃないから

“上品”とはまたニュアンスが違って、作品全体として下品な部分が排除してあるように思います。

例えば、星野源演ずる津崎平匡は「生まれてこの方彼女のいたことがない」ということが第2話で明かされています。勘の鋭い視聴者であればお気付きかと思いますが、第4話時点で「童貞」という言葉が使用されていないのです。

また、通常であればガッキー(こちらは森山みくりでも同様)が前日に自分のベッドで寝ていたとすれば、その残り香を嗅ぎながら自慰行為に興じることは必然ですし、あろうことか、津崎はたしかファブリーズ的なものでベッドをシュッシュッとしていたと記憶しています。

津崎は自らの陰茎をシュッシュッすることなく、みくりの残り香を嗅ぐことでみくりの幻を見てしまうことに自己嫌悪に陥り、ファブリーズ的なものをシュッシュッしていたのです。

シュッシュッの件(くだり)を書きたいが為に同じことを2回書きました。

 

このように登場人物の発言や行動の中に、下品さを纏わせてないことで、スッキリ観賞することができます。

 

③脚本がしゃらくさくないから

漫画原作ということで、脚本というよりそもそも原作がそういった作品なのかもしれませんが、オールドスクールなしゃらくささがないことが最も視聴者が惹きつけられている要因ではないでしょうか。

異性同士が、付き合っておらず同棲するストーリーをイメージした時に、

 

津崎「(好きになってしまった!みくりさんは僕のこと好きなのかな?デートに誘いたい!)」

みくり「(平匡さんが私のことを好きなのは分かってる。でも私から好きなんて言えないよ…)」

 

といったものしか僕のチープな脳みそは想像できません。

 

ただ、ドラマをご覧になっている方はお分かりの通り、物語は実に淡々と、テンポよく進んでいきます。

自分には女性を好きになる資格なんて無い…と恋心を自制する津崎と、不自然に愛や恋や性が表に出ないみくり。

特にみくりの異性に対する不自然さがこのドラマのスパイスなのかなと思います。

つまりは、女性の9割9分を構成する(フェミニストの皆さんごめんね)、「愛や恋や性」の描写がほとんどなく、恋愛感情の起伏が皆無なのです。

僕が観測した部分でいうと、第1話の津崎が風邪を引いた姿を見て「普段しっかりした人が弱ってる姿、キュンとする~」みたいな発言したシーン、、くらいかなと思います。

津崎の同僚の風見に対しても、「イケメン」と認めた上でイケメンという存在に対して無関心で、津崎に対しても「好き」と本人に伝えるものの、それがloveかlikeかなんていう野暮な弁解もありません。

原作者は現代の若い世代の恋愛関係の変化をシンボリックに描きたかったのかとも推測しましたが、これは20代半ばの僕でも「それにしてもネオすぎるよ!ネオ恋愛だよ!」と独りでノリツッコミしていました。

 

上記3点が僕の考える逃げ恥のおもしろい理由でした。

 

第4話のクライマックスについても僕は全然想像できていませんでしたし、今後の展開も、着地もどうなるのか気になりすぎます。

 

逃げ恥トークしたいので、記事の感想とかあったら電話してください。

 

逃げ恥トークしちゃ~。